知恵産業研究会報告書

第3章 京都企業の「知恵」の抽出

4.京都企業の「知恵」の特徴

4.2 京都という都市特性と京都商工業の知恵

事業の知恵の特徴分析の最後に、これらの京都商工業の知恵の特徴と、第1章にて提示した京都の都市文化特性等の都市特性と産業との関連性について整理してみたい。

ヒアリング調査により、各企業の経営層の方々から事業の知恵を聴き取る中で、それらの知恵の背景には、明らかに京都という都市特性の存在を感じ取ることができた。それは、都市文化特性のみならず、「都市のスケール」、「地理的条件」も含めた総合的な都市特性との相関的な特徴とも言えるであろう。

しかし、その原点をたどろうとすると、京大名誉教授の米山俊直氏が、民俗学者の柳田國男氏の研究成果を参照しつつ日本文化論として提起していた「小盆地宇宙」という概念が、一つの基本概念として浮かびあがる。ここで、小盆地宇宙の概念について詳説することは省くが、京都は長い都としての歴史を持ちつつも、明らかに小盆地宇宙的特徴を持ち、ある種の閉鎖環境を有しつつ確固たる都市文化を醸成しているように感じられる。少なくとも、京都市は海との接点は無く、中心部に高密度かつ高質の都市生活文化空間を持ち、山並みによる自然環境に囲まれている。最近、注目されている「コンパクト・シティ」というスケール感よりも広範な市域を持つものの、東京や大阪のように境界をあいまいにしたまま郊外に広がっていく都市構造とは明らかに異なる部分を見て取れる。

第1章に6項目を示したような都市文化環境も、このような基盤の上に醸成されたと考えることもできよう。そして、それらは京都の企業文化の醸成にも大いに影響を及ぼしていると考えられる。以下のポイントは、京都企業の特性として一般的に言及されているものであるが、今回のヒアリング結果からも明らかに傾向が感じ取れたポイントとして挙げた。

オンリー・ワン×棲み分け・共生経営指向

京都企業の特徴の一つに「ニッチ指向」という点が挙げられることがある。この「ニッチ指向」が意味するのは、他の競合企業が見向きもしない隙間をターゲットとすることではなく、高い技術等により他企業が追随不可能な商品・市場領域を創り出していることが多いのが京都ならではの「ニッチ指向」の特徴である。ヒアリング調査を通じても、「新事業に進出する上では、まったく新しい領域創造を目指し、既存市場への競合参入を好まない」様子をうかがうことができた。また、地理的にも人間関係的にも狭い(互いの顔が見える)京都の中では、同一市場で競合することに対して消極的である様子もうかがえた。それは、京都企業の経営美学や、コミュニティの和を重んじる価値意識が背景として強く影響しているようである。そのような相互の信頼関係を構築できるソーシャル・キャピタルの存在こそ、具体的で実効性の高い異業種交流やコラボレーションの実現にもつながっているものと推察される。京都コミュニティの一員として、過当競争を引き起こさず、それぞれの企業が自律的に共存共栄しているわけである。

京都拠点指向

京都企業の中には、企業活動の拠点を京都に置くことにこだわりを持っている企業が少なくない。その理由を問うと、顧客からのイメージが良いという点が真っ先に挙げられる。特に、海外顧客に対しては、京都企業であることは大きなブランド価値に結びついているという指摘も多い。また、規模拡大を最優先することとは異なる経営価値観を持つ企業が多い中では、ある程度の企業規模に成長したとしても、創業の精神としての「らしさ」や「こだわり」を継承していくためには、同様の価値観を持つ企業が多い京都に拠点を置く意味があると言われる。

さらに、京都の都市特性は、顧客イメージのみならず、従業員の創造性や文化力にも大きな影響を及ぼすという指摘もあった。同一企業の京都事業所で業務や生活経験を積む者と、他の工業都市においてそれらを積む者の間では、明らかに人材育成上の有意差があると感じられるという指摘であった。高付加価値を追求し卓越した技術開発を強みとする京都企業においては、そのような人材育成上の都市文化特性は、重要な価値創造基盤になっていると思われる。

本物と高質を求める顧客に応えるグローバル市場指向

京都企業は、伝統産業分野ではもちろんのこと、ハイテク産業分野においても「高い質」または「高い価値」に対する自負はとても強い。その背景には、やはり京都の歴史と文化の影響が大きいと言えよう。

京都は長期間にわたり、政治・経済・文化の中心地であったことから、高質の商品を求める最終消費地であった。そのため、本物の価値を理解できる顧客を相手に商売をしてきた。そのターゲットが、現在では国内のみならず、世界的規模の中でも優れた本物追求、高質追求、高価値追求の産業拠点として認められ、グローバル市場への京都企業の経営展開につながっている。このような傾向は、伝統産業における手工芸品領域のみならず、工業製品においても同様の傾向が見受けられるし、大企業のみならず、中小の工房型企業でも活発な展開が見受けられる。これこそ、京都という都市文化が醸成する企業文化と言える。

開放性と閉鎖性の共存

京都には都の歴史から来る都市の開放性と、都の品格や誇りから来る閉鎖性の両者が、緩やかに併存しているという見方もできる。良品を見抜く眼の肥えた顧客を相手に商売をしていた事業者たちも、自然に眼力が養われ、自らの事業にも新しいものを積極的に採り入れてきた。そのことが、伝統と革新のウェル・バランスを生み出しているように推測される。観光サービス産業などは、それが顕著に表れている産業領域であると思われる。

企業活動においても、伝統産業の中から伝統のみに固執することなく、常に新しい技術やアイディアを積極的に採り入れ、それを自分流に加工する(こなす)ことにより、新たな先端領域に進出する企業が数多く輩出されてきた。先端技術分野への用途開発を果たす企業が、大企業だけではなく中小規模であっても続々と生まれてきていることは、その証左と言える。

都市文化と京都産業の関連性については、上記のポイントで網羅されているわけではない。しかし、今回のヒアリング調査だけからでも、上記4ポイントは明らかに確認できた。そして、これらのポイントは、先に述べてきた「京都産業の知恵」の生み出される環境要因にも通底している。

これらのポイントを更にまとめるならば、京都の企業文化は、自らの強みを十分に理解し、それを活かすために積極的に新しい技や知識を採り入れることにより、強みを活かした新しい価値創造を果たし、そしてさらに強みを活かすためにまた新たな価値創造を行うという、強みを活かした循環型の価値創造文化であるといえる。そして、その循環型価値創造にむけて最大限の知恵を発揮するのである。つまり、京都の知恵とは、強みという知的な資産を活かした循環型価値創造にむけた努力の結集であり、この知恵を活かした経営を、近年ではイノベーション、ナレッジマネジメント、知的資産経営などと様々な呼称で用いられている。まさに、京都の都市特性が生み出す知恵の経営は、近年注目されている「知的な強みを活かした循環型経営」なのである。

今後、「知恵産業のまち」として京都をさらに高めていくためには、個々の企業が「知恵を生む」努力のみならず、知恵が生まれやすい都市環境の整備という観点から、さらに京都の「都市格の向上」を目指し、前述したような京都の都市文化の維持向上に向けて、産官公それぞれ、または連携してのまちづくりへの取り組みも重要とされよう。

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