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第1回 激励講演 講演録 知恵を活かしたものづくりが日本を変える

奥山 清行 氏 工業デザイナー / KEN OKUYAMA DESIGN 代表

三方良しのものづくり

私がデザインした車の一つに「エンツォ・フェラーリ」という歴史に残るスーパーカーがあります。価格は七千五百万円。開発にあたって、事前に市場調査を行ったところ、三百五十名のお客様に買っていただけることが分かりましたが、「需要よりも一台少なく作れ!」という創業者の遺志に従って、あえて三百四十九台で生産をやめました。二〇〇二年に販売されて以降、中古車市場では一億五千万円くらいで出回っていて、今まで一度も販売価格を下回ったことはありません。希少性を生み出すことによって、商品の付加価値を高めることに成功した代表事例。いわば、作り手も買い手も使い手も、みんな幸せになる"三方良し"のものづくりと言えるでしょう。

必要なものより欲しいものを

これからのものづくりは、価格競争ではなく、お客様にとって新たな価値を生み出すものでなければなりません。必要で仕方なく買うものは、実は必要がなくなれば簡単に捨てられてしまいます。しかし、生活の中では必要ないかもしれないが、自分が欲しくてたまらないものは、どれだけお金を出しても手に入れたいと思うでしょう。私は、車を一台デザインするたびに機械式の 時計を買うことにしていますが、私にとって時計というのは時間を知るためのものではなく、当時一緒に仕事をしていた仲間を懐かしむタイムマシンなんです。
言い換えれば、ものづくりというのは、大切な人への誕生日プレゼントを探すようなもの。目の前に大切な人がいれば「何が欲しい?」と聞けばいいのですが、私たちの仕事は10年先20年先のお客様が欲しがるものを作り出さなければなりません。そこに知恵や創意工夫を活かす余地があると思います。

日本の知恵とビジネスチャンス

いわゆる"職人"と呼ばれる人たちは、ただ単にものづくりを行う生産労働者ではなく、知識やノウハウを蓄えた"知識労働者"です。彼ら現場が持っている"強み"を新たな商品やサービスの中にどのように反映していくのか。職人に対する尊敬の念や蓄積されたスキルがものづくりの中に活かされているのは、私の知る限り日本とイタリアしかありません。こうした資産を活用しないのは、日本の価値を捨てるようなもので、とてももったいないことだと考えます。
また、「人の心をおもんばかる」「身の丈に合わせたデザイン」「恥を知る文化」など、私たちはほかの国にはない独自の美徳感を持っています。日本人が培ってきた"精神世界"をあらためて見直し、その価値を磨き高めていくことで、新たなビジネスチャンスを切り拓くことができるのではないでしょうか。
繰り返しますが、知恵ビジネスというのは、お客様にとっての価値づくりにほかなりません。京都にたくさん埋もれている匠の技術や伝統の技はいわば"食材"であって、その調理方法がお客様にとって価値のないもの、必要のないものであれば、せっかくの知恵もただの挑戦に終わってしまうでしょう。結局は、どれだけお客様が望んでいる価値を創造できるのか。知恵ビジネスの根幹はそこにあると思います。

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